
午後4時55分、夕方とはいえ気温はまだ35℃、路面温度は45℃あたり。GT500のスーパーラップが始まった。2番手に登場し、アタックに入った#24 GT-Rがトラブルでコースサイドにマシンを止めてしまったため、セッションは赤旗中断となった。
コクピットの中でじっと待機する伊藤。「去年は決勝を考えて、速さがあってもハード寄りのタイムの出ないタイヤを履いてスーパーラップを走ることが多かったから、今日はひさしぶりにアタックを楽しめるかもしれません」と話していた伊藤が、最終アタッカーとしてコースに飛び出していく。ターゲットタイムは、直前のアタックで#12 GT-Rがマークした1分57秒409だ。
セクター1はわずかに遅れ+0.025秒。セクター2では-0.018秒とタイムを削ってきた。そしてセクター3では再び+0.037秒。残るセクター4は難しい中高速コーナーが残っている。
「第12コーナーの高速コーナーに関しては、予選1回目のデータを見た健二さんが“もう少しで全開で行けそうだね!”と言っていたこともあって、限りなく全開に近い状態で行きました。それぐらいで行かなければ、ポールには届かないと感じていたんです」
気合一発、ほぼ全開でコーナーに飛び込んだ伊藤だったが、進入の縁石に若干多めに触れたことから空力的なバランスをわずかに崩してアウト側ではらみ、縁石をワイドにまたいでしまう。痛恨のタイムロスを喫するが、それでも伊藤はアクセルを緩めず、最小限のロスでマシンを立て直すと、その後は無難に乗り切ってチェッカー。タイムは1分57秒802。わずかなロスが響いて結果は4番手。ポールポジションには届かなかった。
ピットに戻ると「ちょっと行きすぎちゃいました……」と苦笑いの伊藤。「あの瞬間、“あっ!”とは思いましたが、そこでアクセルを緩められないのがドライバーというものですから(笑)。ピットに帰ってミスしたことを謝ったんですが、逆に“攻め”の姿勢を喜んでもらえました。そういのって嬉しいですよね!」と振り返った伊藤が言うように、予選4番手となったものの、ピットには落胆した表情を見せるスタッフはいなかった。
翌日曜日。朝のフリー走行では、決勝に向けてミディアムタイヤでのセットアップを入念に行なった。セパンでは昼間の厳しい暑さを回避するため、決勝レースは午後4時のスタートとなる。午後3時にスタート進行、グリッドウォークが始まると、4番グリッドのENEOS SC430のまわりには、オレンジとホワイトのシャツと帽子に身を包んだENEOS SC430の大応援団が集結。日本から70余名、マレーシア国内からも300余名、なんと総勢400人近い大応援団がグリッド上を占拠した。この光景には他チームからも“海外イベントでこの大応援団!?”と感嘆の声が聞かれたほど。多くのゲストから温かい声援を受け、コクピットにはスタートドライバーを務めるビルドハイムが収まった。
気温34℃、路面温度47℃と土曜日を上回る暑さとなる中、「路面温度が高くなり、コンディションはかなり厳しそうだ。スタートでは昨日のスーパーラップで履いたタイヤを使わなかればいけないから、僕のスティントではとにかくタイヤのマネージメントに気をつけないといけないね」とビルドハイム。
果たして、決勝レースは予想以上にタフな戦いとなった。スタート直後の1コーナーでは、アウトから#100 HSV-010の攻勢を受けたものの、ポジションキープに成功したビルドハイムは、4番手をキープしながらトップ集団の中で周回を重ねていく。
ところが、上位陣のレースペースが予想外に速い。山田エンジニアは決勝でのペースを「おそらく2分01秒台~02秒台」と読んでいたが、序盤から上位のクルマは2分00秒台での周回を続けていく。ビルドハイムは5周目、最終コーナー立ち上がりで前を行く本山哲の#23 GT-Rを捕えて3番手に浮上すると、その後はGT-Rを従えながらの走行となるが、7周目にはペースがより速い#100 HSV-010が4番手に浮上。ビルドハイムに接近戦を挑んでくる。
「無理をしてこれ以上タイヤを使ってしまうわけにはいかない。ここはリスクを避けるしかない」とビルドハイムは14周目の1コーナーで、スリップから抜け出て並び掛けてきた#100 HSV-010に対し、無理して対抗せず4番手に。しかし、それでも徐々にタイヤを消耗させたビルドハイムに、山田エンジニアは無線で「なんとかあと2~3周頑張ってくれ!」と励ますものの、ラップタイムは2分03秒台あたりに落ち込んでしまう。
レースの半分、約27周前後を予定していたピットインを速める決断をしたチームは、21周目にビルドハイムをピットに呼び戻す。20周目に#18 HSV-010の後塵を拝し、5番手に後退していたENEOS SC430だけに、賢明な判断と言えた。